基本情報

- 形式
- 05系
- 運用開始
- 1988年11月16日
- 製造
- 日本車両製造・川崎重工業・近畿車輛
- 製造数
- 24編成240両
- 最高速度
- 110㎞/h
- 加速度
- 3.3㎞/h/s
- 減速度
- 3.5㎞/h/s(常用最大)5.0㎞/h/s(非常)
- 編成定員
- 1,500~1,520人
- 全長
- 20,270㎜(先頭車)20,000㎜(中間車)
- 全幅
- 2,800㎜
- 全高
- 4,135㎜(制御車・付随車)4,145㎜(電動車)
概要
東西線の輸送増強および老朽化した5000系の置き換えを目的に開発、登場した車両。1964年の開業以来運行していた5000系は、1988年の時点で最も古い車両で34年が経過していた。また非冷房車であったため、05系への置き換えを以て東西線車両の冷房化を推進する予定であった。車両の製造は段階的に長期に渡り行われ、ロットごとにマイナーチェンジを繰り返しているため、製造時期により細かな仕様の差異がある。
外観
車体は5000系のアルミ試作車以降標準となったアルミ合金を採用。先頭車の形状は、当時の営団地下鉄で唯一地下鉄線内で快速運転を行なっていたことから、スピード感を強調するためくの字に折れ曲がった流線型に近い形状になった。同時期に開発が進められた日比谷線用の03系は下部が垂直になっているため印象が異なる。
車体窓下には東西線のラインカラーであるスカイブルーをイメージした濃淡2色の水色の帯が配され、境には細い白帯が配された。JRの車両などとは違い、帯はドアも含め貼り付けされているが、幕板部には貼り付けされていない。
ドア幅は通勤電車で標準的な1300mmを採用しているが、ワイドドア車は乗務員室扉に隣接するドアを除き1800mmに拡大されている。ワイドドア車はドア窓も拡大されているほか、車内が薄暗くなりすぎるのを防止するためか戸袋窓を設けた。
行先表示器は当初従来の方向幕式を採用したが、途中から3色LEDを採用した。方向幕車は当初5000系を踏襲して英字表記を省略、三鷹、中野、西船橋、津田沼の各行先には「地下鉄経由」が付記された。後に交換され英字表記が付記されたが、「地下鉄経由」は削除された。



内装
車内は全体的に寒色系でまとめられ、壁は淡い黄緑、床は紺とベージュのツートンカラーで足の投げ出しを防止するデザインになっている。ただし後期の車両ではサーモンピンクとベージュに改められている。座席はオールロングシートを採用し、モケットはサーモンピンクを基調に紺と白のラインが入れられている。一人あたりの座席幅は当初440mmであったが、6次車以降はささやかながら拡幅されている。当初から着座位置が明確になるようバケットシートを採用している。
旅客案内装置としては、各ドアの上にはLED式の車内案内表示器が設置されている。製造当初は1段式を採用し、次停車駅名、行き先のほか各種案内がスクロールで流れる。後期に製造された編成は他社線内でも稼働するが、初期に製造された編成は他社線内では種別(各駅停車は省略)と行先の固定表示となる。自動放送は1次車では搭載されなかったが、2次車以降は製造当初から搭載しており、当初は自社線内限定かつ日本語のみの対応であったが、民営化後は英語放送にも対応するようになった。なお初期に製造された編成は、他社線内への対応はなされなかった。
乗務員室は寒色系でまとめられている。運転台はツーハンドル式を採用し、マスコン、ブレーキともに縦軸を採用している。マスコンにはデッドマン装置が搭載されており、走行中にマスコンハンドルから手を離してハンドルが跳ね上がると自動的に非常ブレーキがかかるようになっている。当初速度計は一般的なものを採用していたが、後に東西線のATCが地上信号式から車内信号式に更新される際に交換、改造されている。



搭載機器
制御装置は初期に製造された高周波分巻式チョッパ制御を採用したが、第14編成で試験的にGTO素子VVVF制御を採用したのち、6次車以降はIGBT素子VVVF制御を採用した。主電動機は、14編成を除く5次車までは直流分巻電動機、14編成と6次車以降はかご形三相誘導電動機を採用している。出力は直流分巻電動機は160kW、14編成のかご形三相誘導電動機は200kW、6次車以降は205kWである。B修繕工事を施工した編成は、永久磁石同期電動機(出力:205kW)に変更している。
集電装置はひし形パンタグラフを採用しているが、製造時期により電動車の構成が変わり搭載車両や搭載数が異なっている。高周波分巻式チョッパ制御車は5台、VVVF制御車は4台設置されている。
次車区分
1次車
1988年に製造されたグループ。3本投入され、暫定的に運用されていた8000系を置き換えた。フロントガラスが2次車以降よりやや小さいのが特徴。03編成のみ、日立製作所製チョッパ装置を使用していた。15000系に置き換えられたが、01編成と03編成が3両化されて千代田線北綾瀬支線及び訓練センター訓練車として運用されている。
案内装置として自動放送装置が搭載されなかったが、2000年頃に搭載されている。
2次車
1989年に製造されたグループ。3編成製造された。5000系の置き換えはこのグループからスタートした。04編成のみフロントガラスの遮光フィルムが最後まで張り付けされなかった。現在は06編成のみ3両化されて千代田線北綾瀬支線及び訓練センター訓練車として運用されている。
3次車
1990年に製造されたグループ。3編成製造された。このグループから、車内案内表示器のLED表示ドットが角型から丸型に変更されたほか、JR線用の保安装置についてATS-P形を併設した。15000系に置き換えられ、全編成がインドネシアに輸出された。
4次車
1991年に製造されたグループ。4編成製造された。座席がバケットシートに、乗降ドア窓がペアガラスに変更された。14編成はワイドドア及びVVVF制御装置を採用した試作車として製造され、MT比を変更したほか、行先表示器が3色LED式になった。
14編成はワイドドアのため東西線に残ったが、13編成が千代田線北綾瀬支線及び訓練センター訓練車に転用された以外は廃車されている。
5次車
1992年に製造されたグループ。5編成が製造され、14編成に続きワイドドアとLED式行先表示器を採用した。しかしVVVF制御装置の本格採用には至らず、分巻式チョッパ制御を採用した。本グループから2号車と9号車に車いすスペースを設置している。またJR線でATS-B装置の使用が中止されたことから、ATS-Pのみ搭載した。
6次車
1993年に製造されたグループ。3編成が製造された。VVVF制御装置を採用したが、14編成で採用された三菱電機製のGTO素子VVVF制御装置ではなく、06系と同等の東芝製IGBT素子VVVF制御装置を採用した。
7次車
1994年に製造されたグループ。3編成が製造された。弱冷房車が初めて設定され、JRに合わせて4号車が指定された。それ以外は6次車と同一の仕様だが、最後に製造された24編成は、廃車された5000系アルミ車5453号から選出されたアルミニウム約5tを使用した部材を使用し、「アルミ・リサイクルカー」と愛称が与えられ、車内外にロゴマークが掲出された。5000系からリサイクルされたアルミニウムを使用した部材は下記の通りである。
- 吊り手棒受け
- 荷棚支え材
- 腰掛受け
- 屋根上クーラー用シールゴム受け
- 屋根構体縦桁
- 屋根構体垂木
- ラインデリア受け
- 床下機器吊り枠

更新工事
登場から20年以上が経過したため、東西線に残留した編成のうち最も古い第14編成を対象に、2012年にB修繕工事を実施した。以後年に1本のペースで残留したすべての編成で実施され、2024年の第24編成を最後に完了した。
全車共通事項
- 識別帯をN05系と同等の色調に変更
- 行先表示器をフルカラーLED式に変更
- 正面に排障器を設置(5次車以前と6次車以降では形状が異なる)
- 非常扉上部にデータ送受信機器を設置、車番を非常貫通扉識別帯上に移設
- 運転台を15000系と同一仕様に変更
- 車内案内表示器を液晶ディスプレイ式2台設置に変更
4次車(14編成)
- 電動車の制御方式を1C8M方式から1C4M方式に変更
- 電動車の組み込み位置を変更
- VVVF制御装置をIGBT素子を用いた東芝製VVVF制御装置に変更
- 電動機を16000系初期車と同等の東芝製永久磁石同期電動機に変更
- パンタグラフをシングルアーム式に変更
5次車
- 分巻チョッパ制御装置をIGBT素子を用いた東芝製VVVF制御装置に変更
- 主電動機を16000系初期車と同等の東芝製永久磁石同期電動機に変更
- 電動車1両を電装解除し、電動車を削減
- 電動車の制御方式を1C4M方式に統一
- 電動車の組み込み位置を変更
- パンタグラフをシングルアーム式に変更
6・7次車
- VVVF制御装置を16000系4次車と同等の三菱電機製に更新
- 主電動機を16000系4次車と同等の永久磁石同期電動機に変更
- ヘッドライトをLED式に変更(5次車以前も2017年以降に別途交換)
- 「AL」マークステッカーを貼り替え(第24編成のみ)
- 先頭車を含む全車にフリースペースを設置
その他
ロゴマーク掲出
05系でのロゴマーク掲出は、24編成の「AL」マークが広く知られているが、ワイドドア車でも登場からしばらくの間は、両矢印内に「WIDE DOOR」と表記されたロゴマークを運転席窓下に掲出していた。民営化の前に撤去されているが、2024年に「AL」マークとともにラバーキーホルダーとなって商品化された。
